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DADA IIMURA60's 飯村隆彦×赤瀬川原平

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    DADA IIMURA60's 飯村隆彦×赤瀬川原平

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    内容

    世界的に高い評価を受け続ける、実験映像のパイオニア“飯村隆彦”。20年前に行われた伝説のトークショーが、スマートフォン向け電子書籍「Talk show DADA IIMURA 60’s」として世界同時配信! 第一弾の対談者は赤瀬川原平。


    <内容紹介>
     日本実験映像のパイオニアの一人であり、世界的な映像作家として高い評価を得ている、飯村隆彦。
    1990年に氏の主催で青山画廊(池袋)で行われた伝説のトークショー「ダダ飯村60’s(全6回)」を元に、スマートフォン向け電子書籍として再編集した「Talk show DADA IIMURA 60’s」を世界同時配信。1960年に提唱した“ネオ・ダダイズム”をテーマに、現在では実現不可能であろう豪華ゲストを迎え、当時収録された貴重な映像やスチルを交えながら、作家たちのエピソードを含め収録。

    <飯村隆彦(いいむらたかひこ)>
    1960年代に8ミリや16ミリの前衛映画を個人で制作し、自主上映活動を行なう。上映によるパフォーマンスも早くから行ってきた。1964年に実験映画集団「フィルム・アンデパンダン」を結成し、東京の紀伊国屋ホ−ルで日本の個人映画史上最初の実験映画祭を行なった。1965年、実験映画「LOVE」 が、ニューヨークの実験映画のリーダー、ジョナス・メカスによって高く評価された。
    1966年にはハ−バ−ド大学国際セミナ−に招待されて渡米、74年にはパリのシネマテ−クやポンピドウ・センタ−などでも個展上映を行なった。ニュ−ヨ−クでは1974年に近代美術館、79年にはホイットニ−美術館で個展とパフォ−マンスを行い、個人映画作家として、国際的に評価された。

    <赤瀬川原平(あかせがわげんぺい)>
    1937年横浜市生まれ。本名赤瀬川克彦。作家、画家、路上観察学会会員。武蔵野美術学校中退。1960年美術家の荒川修作らと共にネオ・ダダイズム・オルガナイザーを結成し、前衛芸術の先駆的活動を展開。1963年にハイレッド・センターを高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之の3名で結成。活動のなかで千円札の模写作品を発表。この作品が「通過及証券模造取締法違反」に問われ64年に起訴、「千円札裁判」として話題となる。その後、絵と文章の仕事を始める。
    1966年尾辻克彦の名で発表した『父が消えた』で第84回芥川賞受賞、『雪野』で野間文芸新人賞受賞。著書は『東京路上探検記』、『超芸術トマソン』、『千利休・無言の前衛』『老人力』など多数。また、映画評論、路上観察、ライカ同盟、宮武外骨の研究など幅広く活躍している。

    <ダダイズム>
    1910年代半ばに起こった芸術思想や芸術運動。それまであった芸術を根底から覆そうとした反芸術運動。

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